まつげエクステンションサロンなどでは、入社時誓約書にサインしてもらい、退職後、同市内で類似するまつげエクステンションサロンをオープンしたり、アイリストとして勤務しないよう、約束してもらうことも多いと思います。
今回はこの入社時誓約書が問題となった裁判例をご紹介します(この事件にはいくつか論点がありますが、今回の記事では入社時誓約書に関するところだけを紹介し、他の論点は別の記事で紹介します)。
令和元年8月7日知的財産高等裁判所判決
原告:アイリストの元勤務先まつげエクステンションサロンX
被告:退職したアイリストY
請求の内容:アイリストYが退職後に同じ市内にあるまつげエクステンションサロンに就職したことは、XY間の合意に反するので、競業行為の差し止めを求める。
入社時誓約書には、以下の記載がありました。
①Yは、退職後2年間は、在職中に知り得た秘密情報を利用して、国分寺市内において競業行為は行わないこと
②秘密情報とは、在籍中に従事した業務において知り得たXが秘密として管理している経営上重要な情報(経営に関する情報,営業に関する情報,技術に関する情報…顧客に関する情報等で会社が指定した情報)であること
③Yは、秘密情報がXに帰属することを確認し、Xに対して秘密情報がYに帰属する旨の主張をしないこと
これについて、Yは、入社時合意書は、職業選択の自由、営業の自由を不当に制限するものだとして無効を主張しました。しかしながら、裁判所は、2年という期間と国分寺市内という場所に限定した上で、秘密管理性を有する情報を利用した競業行為のみを制限するものと解されるから、合理性があり有効であると判断しました。
このような誓約書が有効になるための要件は、退職後に同市内で類似サロンに勤務することを禁止できるか(1)に書きましたので、ご確認ください。本事案では、就業規則の定めは無効、入社時合意書の定めは有効とされていますので、比較すると分かりやすいと思います。
その上で、裁判所は、Yが国分寺市内の別のサロンに就職したことは、「秘密情報を利用した競業行為」とはいえないため、入社時合意書違反ではないと判断しました。
まず、Xは、Yが、Xの顧客2名の施術履歴を入手していたことを「秘密情報を利用した競業行為」であると主張しましたが。しかし、裁判所は、Xにおいて、施術履歴は、従業員であればだれでも閲覧可能で、従業員間で、LINEで画像を共有する取扱いが日常的に行われていたことから、秘密情報には当たらないと判断しました。
次に、Xは、Yが、①Xが開発した美容液の効果を示した画像を使用したこと、②Xが購入して無料広告誌に掲載している画像と同じものを同雑誌に掲載したこと、③在職時に取得したまつげエクステの技術である「ボリュームラッシュ」と「アイシャンプー」を使用していること、④X店舗が行っていた、予約前日に顧客に電話をして予約確認をするサービスを行っていること、⑤X店舗で扱っている「ブラウンセーブル」と同じメニューを展開していること、⑥X従業員から原告店舗の顧客の情報を入手したこと(施術履歴以外)、⑦「Xのエクステは質が悪い」「回転率を重視し、カウンセルの時間が短い、アフターカウンセリングがない」等と発言し、X店舗の商材の特徴を漏えいしたこと、⑧「前のオーナーから信頼されず、辛くなって辞めた」等と発言し、Xの人事情報を漏えいしたことについて、「秘密情報を利用した競業行為」であると主張しました。しかし、裁判所は、①②の画像は秘密情報ではなく、⑥は証拠がなく、その他の点についても、秘密管理性を有する情報を利用した競業行為とはいえないと判断しました。
施術履歴に関しては、重視しているサロンが多いと思いますので、これが秘密情報に該当しないというのは、やや意外な結論のようにも思います。この裁判例から学べることは、サロンとして施術履歴が重要な秘密であると考えるなら、それに見合った取扱いをしなければならないということです。例えば、ファイルにマル秘マークを付け、鍵のついたキャビネットに保管する、写真撮影は一切禁止としルールを明文化する、などです。もしくは、秘密情報の定義に、施術履歴を明確に含めておくこともすべきです。本事例も、もしこのような事実があれば、異なる結論になっていたのではないかと思います。
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